化合物の毒性を機械学習が予測。動物実験廃止となるか

近年の環境問題意識の高まりから、多様な化学品に存在する毒性情報の収集・評価は世界的な課題となっています。しかし、対象化合物の種類は極めて膨大で、世界的に流通している化学物質は 数万 種類といわれ、さらに新規な化合物が年間数百種類のペースで増加していると見積もられいています。このような多様な化学品の人体に対する安全性を確保するため、現在、毎年数百万匹もの動物が動物実験に使用されていますがその調査研究には多額の費用と膨大な時間が必要となります。

さらに、動物愛護の観点からも,化合物の評価で要求される膨大な動物実験の遂行は最善策とはいえません。人が安全に商品やサービスを利用するための必要な犠牲とはいえ、見開いた目に薬を入れられるうさぎや致死量を調べるために薬を投与されるねずみのことを知ると、やはりかわいそうに思えます。動物実験の数をできる限り減らせる代替案はないのでしょうか?

実験動物を使うよりも毒性を正確に予測

最近有力な代替案として期待されているのが、機械学習ソフトウェアを用いて化学物質の有毒性を予測するという方法です。ビッグデータの力で動物実験に匹敵する、いやそれをもしのぐ精度で有毒性を調べられないか研究が進められています。

2018年7月にジョンズ・ホプキンズ大学の薬理学、毒物額の教授であるトーマス・ハートン氏のチームが発表した論文では、そのアルゴリズムは吸入によるダメージから水生生態系への害まで、9種類もの多岐にわたり、他で発表されたモデルよりもはるかに広い範囲の数万種類もの化学物質の毒性を正確に予測できると発表されました。動物実験なしに化学物質の毒性を予測できるシステムを開発したとして話題となりました。ハートン氏も、毎年何百万と言う単位で行われる動物による化学物質などの実験をコンピュータモデルに置き換えることが可能だと述べます。

実は、これまでも産業界や学界においても、化学物質の毒性を予測するために何十年にもわたり、コンピューターモデルを使用してきました。
これらのコンピュータモデルは、分子の化学構造が体内でどのように反応するか、動物実験もしくは人為的にコントロールされた環境下で行われた実験でのデータを組み込んで、未知の物質の毒性効果を構造的、または生物学的に類似の化合物と比較することによって推測していました。

しかし、政府の規制当局はこれらの方法を受け入れるのに高いハードルを設定し、基準を満たすことが難しく、代替として動物実験を求める傾向がありました。

ハートン氏のチームはこの高い基準をクリアするために、ソフトウェアを改善に取り組み、約80万の動物実験に基づいた約10,000の化学物質に関する情報を持つ巨大なデータベースを作成しました。
ハートン氏のソフトウェアは、リードアクロス法という、有害性の類似性に基づきデータギャップ補完を行う方法(※1)を用いて、新しい化学物質と密接に関連する化合物を比較し、これらの既知の化学物質の特性を参照することによって毒性の可能性を評価します。これはまさに毒物学者が新しい化学物質を評価する方法とほぼ同じ方法だといわれています。

※1 リードアクロス法(read-across):
カテゴリーアプローチやアナログアプローチにおいて、有害性の類似性に基づきデータギャップ補完を行う方法。
未試験物質の有害性は試験データのある類似物質と同程度と推定される。我が国では「類推」と呼ばれる。

動物実験廃止への一歩

このように化学物質の構造から、毒性を予測する新しい手法の開発は世界的な潮流となっていますが、同時に、現在EUのECHA(欧州化学機関)などでは可能であればリードアクロス法などのを使用する代替法が推奨されており、確実に動物実験からの代替が進んでいます。

日本国内においても、毒性関連ビッグデータを用いた人工知能(AI)による、化学物質の有害性予測手法の開発プロジェクトが経産省主導で始動し、2022年度をめどに毒性予測モデルの開発を目指しています。経産省資料によれば、これが実現すれば、化学物質の研究開発費のうち20%を占めるとされる安全性評価にかかるコストが削減され、また毒性試験に要する期間を実質ゼロにすることができ開発期間が大幅に短縮される見込みです。

様々な研究者や企業が、新たな機械学習アルゴリズムを開発し、今も進歩し続けています。全ての動物実験を無くすことは難しいかも知れませんが、動物実験廃止への大きな一歩は踏み出せました。近い将来にソフトウェアとAIの発展によって動物実験などほとんど必要のない世界が来る事を切に願います。

【参照】Machine Learning of Toxicological Big Data Enables Read-Across Structure Activity Relationships (RASAR) Outperforming Animal Test Reproducibility