AIアート vs Humanアート 〜人はどちらを好むのか〜
3つの要点
✔️ 人はAIが作ったアート作品に対してどう感じるのかという問いに挑んだ
✔️ AIを使って制作したアート作品に対し,AI-createdラベルかhuman-createdラベルのどちらかをランダムに付与し,被験者の応答がどう変化するかを調査した
✔️ 実験の結果,好み・美・深み・金銭的価値の4つの項目いずれにおいても,AI-createdラベルの場合よりもhuman-createdラベルの場合の方が,高く評価されることが明らかになった
Humans versus AI: whether and why we prefer human-created compared to AI-created artwork
written by Lucas Bellaiche, Rohin Shahi, Martin Harry Turpin, Anya Ragnhildstveit, Shawn Sprockett, Nathaniel Barr, Alexander Christensen & Paul Seli
(Submitted on 4 Jul 2023)
Comments: Published on Springer Open.
本記事で使用している画像は論文中のもの、紹介スライドのもの、またはそれを参考に作成したものを使用しております。
導入
昨今のAI技術の発展によって,クオリティの高いアート作品画像を生成することができるようになってきました.このような状況において,果たして人は,AIによって生成されたアートと,人間によって創作されたアートのどちらを好むのでしょうか?
この問いは,アートの鑑賞体験は,その作品の物理的な性質によるものと,人間的な体験を伝達するメディアとしての性質によるもののどちらに依存するところが大きいのか,という問いにも直結します.
今回紹介する論文は,人間がAIによって生成されたアート作品に対してどう反応するかを,被験者を用いて大規模に調査した研究についてです.
先行研究の知見と本研究の目的
人は,同じ対象を評価するとしても,それに付随して与えられた文脈情報に応じて,判断が歪められることが分かっています.これは,お酒の価格や飲料の美味しさ,芸術作品の判断など,様々な対象に対して確認されており,最近では,AI生成物の文脈でもいくつか同様な事例が報告されてきています.
例えば,AIに執筆補助されたメールの信頼度評価やAIによって創作されたアート作品の鑑賞体験において,同じように判断が変化することが確認されています.それらの研究によれば,被験者は,AIが創作したアート作品よりも,人間が創作したアート作品の方が,美的価値が高いと答える傾向があることが明らかになっています.アート作品の種類は視覚芸術に限らず,音楽やダンス,詩作など様々な分野にわたって,同様の反AI的バイアスがあることが分かっています.
一方で,このような反AI的バイアスが生じなかったと報告する事例もいくつか存在するため,今回紹介する研究では,AI創作物に対する反AI的バイアスがどの程度,どのような原因で生じるものなのかを,大規模な被験者を用いた実験によって解明することを目指しました.
実験1
被験者
Amazon Mechanical Turkを通じて150人の被験者を集め,データのスクリーニングの結果,149人分のデータを採用しました.
計測項目
まず,機械学習を用いたアートのウェブサイトであるArtBreederから,AIが創作した30点の絵画を収集し,具象絵画15枚と抽象絵画15枚に分け,被験者に対する入力刺激としました.
被験者に対して,これら30枚の画像がランダムに提示され,その際に,「human-created(人間が創作した)」「AI-created(AIが創作した)」の二つのラベルのうち一方がランダムに付与されます.こうすることによって,AI生成物と人間の創作物の間のバイアスを調査することができます.
被験者は提示された画像刺激に対して,どの程度好きか(好み),どの程度美的と感じたか(美),どの程度深みや意味を感じたか(深み),どの程度の金銭的価値を感じたか(金銭的価値)を,1から5の5段階の数値で答えます.
結果
Fig. 2に示すように,好み,美,深み,金銭的価値のいずれの指標においても,human-createdとラベル付けされた方が,AI-createdとラベル付された場合よりも有意に高い値を取ることが分かりました(t検定).また,絵画のタイプとして,4つの指標いずれにおいても,被験者は抽象絵画より具象絵画を高く評価することが分かりました.
考察
human-createdとラベル付けされた方が,AI-createdとラベル付された場合よりも有意に高い値を取るという事実が,今回の実験のような大きなサンプルサイズで,4つの指標(好み,美,深み,金銭的価値)のいずれにおいても見られたという事実は,重要です.
また,使用された画像刺激は全てAIによる生成物であったにもかかわらず,被験者はAIによる生成物であることに気づくことができなかったという点は,今日のAIアートのクオリティの高さを示しています.
さらに,AIアートの価値を低く見積もるという反AI的バイアスは,与えられた文脈情報のみの差に依存しており,完全にトップダウンの現象として生じていることを確認できた点も重要です.
実験2
アート作品の鑑賞体験は,先に調べた好み,美,深み,金銭的価値だけでなく,より複数の体験を統合したものであると考えられます.例えば,Berlyne (1960), Berlyne (1971)の実験美学的見解によれば,アートの鑑賞は,新規性や曖昧性,複雑性などの評価を統合したものであるといいます.また,Chamberlain et al. (2018)によれば,アート作品を見せるにしても,ロボットが描画する様子を見せた方が,鑑賞者の評価が高まると言います.これは,作品創作にかける労力や身体動作の寄与が鑑賞体験に影響することを示唆しています.
以上を考慮して,実験2では,好み,美,深み,金銭的価値に加え,アート作品から得られる,感情,物語性,意味,創作に費やされた労力,創作に費やされた時間といった項目を追加で計測することにしました.
被験者
Prolificというサービスを使って151人の被験者を集め,データのスクリーニングの結果,148人のデータを採用しました.
計測項目
実験1と同じ画像刺激を採用し,実験1と同様に,「human-created(人間が創作した)」「AI-created(AIが創作した)」の二つのラベルのうち一方をランダムに付与して提示しました.
実験1と同様に,被験者は提示された画像刺激に対して,どの程度好きか(好み),どの程度美的と感じたか(美),どの程度深みを感じたか(深み),どの程度の金銭的価値を感じたか(金銭的価値)を,1から5の5段階の数値で答えます.
加えて,どの程度感情的な応答を引き起こしたか(感情),どの程度物語が想像できたか(物語性),どの程度有意味か(意味),どの程度の労力がかけられたと思うか(労力),どの程度の時間がかけられたと思うか(時間)の項目も,1から5の5段階の数値で答えます.時間の項目だけは自由回答で答えます.
注:実験1で「どの程度深みや意味を感じたか(深み)」として扱われていた項目が,実験2での「感じられた意味」の項目と重複することを避けるため,深みの項目に対しては「どの程度深みを感じたか」に簡略化されています.
結果
線型混合効果モデルという統計的解析手法を用いて,好み,美,深み,金銭的価値の各要素が,感情,物語性,意味,創作に費やされた労力,創作に費やされた時間といった要素からどれほど影響を受けるかを調査しました.
・好み
ラベルと物語性の関係性を調べた場合の結果はFig. 3の右下に示すようになっています.AI-createdのラベルがついている方が,human-createdの場合よりも好みの値が高く,この差は,物語性が高いほどより大きくなっていました.
一方で,ラベルと労力の関係性を調べた場合の結果はFig. 3の左下に示すようになっています.労力の値が低〜中程度の場合,好みはhuman-createdラベルの場合よりもAI-createdラベルの場合の方が大きく,労力の値が高い場合,好みはhuman-createdラベルの場合の方が大きくなっていました.
他にも,感情の値や意味の値が大きくなるにつれて,好みの値が高くなることも分かりました.さらに,抽象画よりも具象画の方が好みの値が大きくなることも分かりました.
・美
好みの場合と同じように,ラベルと物語性の関係性を調べた場合の結果はFig. 3の右上に示すように,AI-createdのラベルがついている方が,human-createdの場合よりも美の値が高く,その差は物語性が高いほど大きくなっていました.
また,ラベルと労力の関係性を調べた場合の結果はFig. 3の左上に示すように,労力の値が低〜中程度の場合,美の値はhuman-createdラベルの場合よりもAI-createdラベルの場合の方が大きく,労力の値が高い場合は,美の値はhuman-createdラベルの場合の方が大きくなっていました.
他にも,感情の値や意味の値が大きくなるにつれて,美の値が増加し,抽象画よりも具象画のほうが美の値が大きいことが分かりました.
値が高い場合は,美の値はhuman-createdラベルの場合の方が大きくなっていました.
他にも,感情の値や意味の値が大きくなるにつれて,美の値が増加し,抽象画よりも具象画のほうが美の値が大きいことが分かりました.
・深み
被験者がアート作品に対して感じれらる感情,物語性,意味,労力,時間の全ての指標が大きくなるにつれて,深みの値も増加することが分かりました.
また,AIに対する態度が肯定的な人ほど,human-createdの場合よりもAI-createdの場合に,深みの値が大きくなることが分かりました(Fig. 4左).
・金銭的価値
深みと同様,被験者がアート作品に対して感じれらる感情,物語性,意味,労力,時間の全ての指標が大きくなるにつれて,感じられる金銭的価値も増加することが分かりました.
また,AIに対する態度が肯定的な人ほど,human-createdの場合よりもAI-createdの場合に,金銭的な価値を高く評価することが分かりました(Fig. 4右).
・その他
感情,物語性,意味,労力,時間の値は,AI-createdとラベル付けされた場合よりも,human-createdとラベル付けされた場合の方が高いことが分かりました.
考察
感覚レベルの基準(好み・美)とコミュニケーションレベルの基準(深み・金銭的価値)の2つのグループで判断のパターンが別れることを意味しています.
感覚レベルの基準における判断は,視覚特徴の受動的な評価処理と,作品に対する能動的な関与の二つの相互作用の結果として生じるものだと考えられます.
まとめ
本研究では,AI-createdというラベルがhuman-createdというラベルと比べて,アート作品の鑑賞にどう影響するかを調査しました.
AIアートに対して賛否両論はありますが,現代の心理学では,創造性は物に宿る絶対的な属性ではなく,観察者の主観的な判断と社会文化的な要因の相互作用の結果であると考えられているため,人々がAIアートに対してどう感じるかを問うことは意義のある取り組みであると考えられます.
被験者に提示したアート作品は全てAIで制作されたものでしたが,好み,美,深み,金銭的価値,の全てにおいて,AI-createdとラベル付けされた場合よりもhuman-createdとラベル付けされた場合の方が,より高く評価されることが示されました.
特に,感覚的な指標である好みや美よりも,アート作品のより深い意味を伝える深みや金銭的価値の指標における判断において,この反AI的傾向が強いことも示されました.
また,感覚的な指標である好みや美の判断は知覚された物語性や労力の程度の影響を受け,アート作品のより深い意味を伝える深みや金銭的価値の判断は,AIに対する個人的な態度の影響を受けることも分かりました.
以上の結果は,人がアートを人間特有の経験であると考える傾向があることを示しています.
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