NeurIPS2020における神経科学:人間の脳を解読する
本記事のキャッチアップ目標
今回の記事では、AI分野において権威あるカンファレンスの一つであるNeurIPS2020で採択された神経科学に関する論文をご紹介します。
- なぜ人間の脳は理解しにくいのか
- NeurIPS 2020における神経科学の研究について
背景
脳は非常に複雑な器官で、体の制御システムとして機能し、短い時間で大量の情報を処理することができます。そのシームレスな学習能力と新しい環境への適応能力は、私たちが知っている多くのAI手法にインスピレーションを与えています。それほどに脳は魅力的な器官である一方で、完全に理解することが難しいということも事実です。脳の活動自体を測定する方法にはさまざまな方法 (fMRI、EEGなど)があり、これらのデータを理解することで、人間の様々な状態の判別や、神経疾患のパターンの検出ができます。しかし人によって異なる情報のノイズ等があるため、分析することは極めて難しいです。
現在AIや脳科学の分野では、脳を理解しようとする取り組みが盛んに行われています。今回の記事では、機械学習や神経科学におけるトップカンファレンスの一つであるNeural Information Processing Systems (NeurIPS)の研究論文を見てみましょう。
2020年12月6日から12月12日までバーチャルで開催されたNeurIPS2020では、査読付きの斬新なAIや神経科学の研究が特集されています。
NeurIPS 2020の神経科学に関する興味深い論文
今回は、計算神経科学の論文を3つピックアップしました。
複雑な脳活動データを、より高度な抽象化データへ変換
fMRIのような脳活動データは、ノイズやデータの個人差により分析は困難を極めます。この問題を解決するために、Rieckらは『Uncovering the Topology of Time-Varying fMRI Data using Cubical Persistence』という論文にて、fMRIデータをトポロジカルな表現に変換するノンパラメトリックなフレームワークを提案しています。彼らのフレームワークを用いて、著者らはfMRIデータから年齢に関連したクラスターや傾向を発見することに成功しました。時間的な範囲にわたるfMRI画像から、元のデータの高次抽象化であるパーシステント図に変換しています。
結果
・ベースラインとの比較
この論文で提案された手法では、新規性を示すために参加者の年齢を予測するためのパーシステント図(ねこでも分かるパーシステントホモロジー)を使用しています。
出典:Uncovering the Topology of Time-Varying fMRI Data using Cubical Persistence
キャプション:Figure 3: An embedding of the distances for different baselines and topological summaries, based on the whole brain mask.
https://arxiv.org/pdf/2006.07882.pdf
ベースライン手法と比較すると、本手法(図中の(c)と(d))は、子供(黄色)と大人(赤)を区別しています。定性的評価のために、著者らの手法はさまざまなタイプのデータを使用して訓練されました。そのためベースライン法よりも優れた結果を示しています。
・脳状態の軌跡解析
著者らは、この手法で得られたデータを用いて脳の状態分析を行っています。以下は、映画「Partly Cloudy」を見た参加者のfMRIの記録を分析した結果です。
出典:Uncovering the Topology of Time-Varying fMRI Data using Cubical Persistence
キャプション:Figure 4: Cohort brain state trajectories for different brain masks, embedded using PHATE
https://arxiv.org/pdf/2006.07882.pdf
分析の結果、幼い被験者の脳の状態軌跡が線形的であることが判明しました。著者らは、XORマスクの複雑な脳の軌跡は、参加者が記憶の中で映画をつなげていることを示唆しています。詳細については、以下の論文へのリンクを参照してください。
Uncovering the Topology of Time-Varying fMRI Data using Cubical Persistence
written by Bastian Rieck, Tristan Yates, Christian Bock, Karsten Borgwardt, Guy Wolf, Nicholas Turk-Browne, Smita Krishnaswamy
(Submitted on 14 Jun 2020 (v1), last revised 22 Oct 2020 (this version, v2))
Comments: Accepted to NeurIPS2020.
Subjects: Neurons and Cognition (q-bio.NC); Machine Learning (cs.LG); Image and Video Processing (eess.IV); Algebraic Topology (math.AT); Machine Learning (stat.ML)
このフレームワークの将来的展望として、精神疾患を持つ人のデータパターンを研究するなど、他の神経学的な状態分析での活用が考えられます。
脳活動データを知覚イメージに変換
脳の視覚的エンコーディングは非常に複雑であり、まだ完全には理解されていません。そういった課題が残っているにもかかわらず、浙江大学のFangらは、脳活動データから知覚画像を再構成する方法を提案しています。脳活動データから知覚画像を出力できるようになるということは、脳の読み取り技術が進歩するということになります。また、脳が視覚刺激をどのように処理しているのかを視覚的により深く理解することにも役立つ可能性があります。
出典: Reconstructing Perceptive Images from Brain Activity by Shape-Semantic GAN
キャプション:Reconstructing Perceptive Images from Brain Activity by Shape-Semantic GAN
https://nips.cc/virtual/2020/public/poster_9813b270ed0288e7c0388f0fd4ec68f5.html
この研究では、fMRI信号から知覚画像を解読するために、semantic decoderとshape decoderとimage generatorの3つの部分からなるフレームワークを提案しています。semantic decoderとshape decoderは、fMRIデータからカテゴリ情報と知覚画像の形状を抽出します。これらの情報は、画像を再構成する敵対的ネットワーク(GAN)に入力されます。
結果
出典: Reconstructing Perceptive Images from Brain Activity by Shape-Semantic GAN
キャプション:Figure 3: Image reconstruction performance comparison with other methods. (a) Images reconstructed by different methods. (b) Performance comparison with pairwise similarity.
https://proceedings.neurips.cc/paper/2020/file/9813b270ed0288e7c0388f0fd4ec68f5-Paper.pdf
提案されたフレームワークを従来の手法と比較したところ、他の手法よりもわずかではあるものの良好な結果が得られました。著者らの手法により、知覚された画像(刺激対象の形状や色がかすんでいるような画像)を生成することができます。
また、著者らは、image generatorに意味情報を与えた場合の再構成の違いについても実験を行っています。意味情報を加えることでモデルの性能が向上することが確認されています。詳細については、以下の論文へのリンクを参照してください。
Reconstructing Perceptive Images from Brain Activity by Shape-Semantic GAN
written by Tao Fang, Yu Qi, Gang Pan
(Submitted on 28 Jan 2021)
Comments: Accepted to NeurIPS2020.
Subjects: Neural and Evolutionary Computing (cs.NE)
この研究は、脳の読み取りに関する有望な結果を示しています。驚くべきは、対象物の色や形を捉えることができていることです。脳を読み取る技術は、プライバシーの侵害というリスクを伴いますが、神経科学の知見を大きく前進させることになるでしょう。
感覚刺激に対する神経反応の予測
他の論文が脳の反応を解読しようとしているのに対し、これから紹介する論文はその逆を行っています。Khoslaらは、感覚刺激を与えられたときの脳の反応を予測したいと考えているのです。著者らは、より良い結果を得るために、視線情報をattention maskとして統合しています。このような神経活動と感覚刺激との関係分析(Neural encoding; ニューラル・エンコーディング)は、さまざまな新しい治療法の開発の道を開くことになるでしょう。ニューラル・エンコーディングの研究分野は、目的とする脳反応を喚起するために必要な刺激を知るための方法として使用されています。
出典: Neural encoding with visual attention
キャプション:Figure 1: Proposed method.
https://arxiv.org/pdf/2010.00516v1.pdf
脳の反応を予測するために、紹介する論文の著者らは上記のようなフレームワークを作成しています。このフレームワークは、刺激から重要な情報を抽出する「表現モジュール」と、特徴空間から神経反応を予測する「応答モデル」の2つの部分から構成されています。表現モジュールは、視線情報を利用して刺激をより適切に表現するモジュールになります。
結果
出典: Neural encoding with visual attention
キャプション:Figure 3: ROI-level analysis.
https://arxiv.org/pdf/2010.00516v1.pdf
上記は著者らが行った実験の結果です。この結果では、人間がどこに注目しているかを測るために視線情報を使用した場合、より正確な神経予測が可能になることが示されました。さらに著者らは推論時の視線情報の必要性を取り除くために、刺激から視線情報を予測するように訓練されたモデルを構築しました。この刺激を入力とするモデルは、他の視線予測の手法よりも優れたパフォーマンスを示しています。詳細については、以下の論文へのリンクを参照してください。
Neural encoding with visual attention
written by Meenakshi Khosla, Gia H. Ngo, Keith Jamison, Amy Kuceyeski, Mert R. Sabuncu
(Submitted on 1 Oct 2020)
Comments: Accepted to NeurIPS2020.
Subjects: Computer Vision and Pattern Recognition (cs.CV); Machine Learning (cs.LG); Neurons and Cognition (q-bio.NC)
神経エンコーディングモデルの開発は、多くのブレイン・マシン・インターフェースへの道を開き、私たちの脳で行われる情報処理について理解を深めることができるでしょう。
まとめ
いかがでしたか?神経科学に興味をお持ちになった方も多いのではないでしょうか?今回は、NeurIPSで発表された興味深い神経科学論文をリストアップしました。神経科学に関連する論文は他にも採択されていますので、ぜひNeurIPS2020の他の論文もチェックしてみてください。脳は魅力的ですが複雑な器官です。しかしAIを使えば、この複雑さを解きほぐすことができる可能性を秘めています。AIが神経科学やその他の分野でどのように利用できるかに興味があれば、ぜひマクニカのAI専門組織「AI Research & Innovation Hub」にお気軽にお問い合わせください!
執筆者情報
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AI Research & InnovationHub (MACNICA, Inc.)
マクニカのARIH(AI Research & InnovationHub)
マクニカのARIH(AI Research & InnovationHub)では、最先端のAI研究・調査・実装による評価をした上で最もふさわしいAI技術を組み合わせた知見を提供し、企業課題に対する最適解に導く活動をしています。
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