論文を読むこととは、cvpaper.challengeが見据える先は
今回CVPR2020の論文読破でもインタビューさせていただきましたcvpaper.challengeの代表である片岡裕雄(かたおかひろかつ)様にcvpaper.challengeの目的や活動内容、AI論文についてお話をお聞きしました。日本でも組織としては日本トップの論文情報が集まるcvpaper.challengeを見ていきましょう。ご経歴については以下の通りです。
・名前
片岡裕雄(かたおかひろかつ)・所属
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人工知能研究センター 主任研究員、cvpaper.challenge 主宰・経歴
2014年 慶應義塾大学大学院理工学研究科修了、博士(工学)
2011年 カリフォルニア大学リバーサイド校 Visiting Scholar
2013、2014年 ミュンヘン工科大学 Visiting Scientist
2014年 東京大学JSPS特別研究員(PD)
2015年 産総研特別研究員を経て、2016年4月より現職。画像認識、動画像解析、大規模データセット構築に従事
2011年 ViEW小田原賞
2013年 電気学会誌論文奨励賞
2014年藤原賞
2016年 ECCV 2016 Workshop Brave New Idea
2020年 産総研論文賞
AAAI/IJCAI Program Committee
IROS 2020 Session Co-chair
ICCV 2019 ワークショップオーガナイザ
cvpaper.challengeでは通年で研究メンバーを募集しています。その他、産総研のインターン、リサーチアシスタント(RA)、筑波大学連携大学院、ポスドク(産総研特別研究員)、常勤職員の制度もあるので、気になる方はcvpaper.challengeのリクルートページをご覧頂き、お気軽にご連絡ください。
Q1. cvpaper.challenge始めたきっかけはなんだったんですか?
きっかけとしては主に2つあります。
私は博士課程のとき、アメリカのカリフォルニア大学やドイツのミュンヘン工科大学、現職の産総研に滞在したりと、3年間のうち2年間くらいは外部機関にいました。その際、アメリカとドイツの研究所では、大学院生も含めて論文や最新技術に関する議論が常日頃から活発に行われていました。その議論を見たこと、参加したことが1つ目のきっかけですね。私の読む論文数は単純に少ない、と感じていました。
また私は産総研に2015年の4月に入ったのですが、そのときにTOP国際会議に毎年論文を通す研究者の中で、CVPRの論文全部に目を通している研究者に出会ったことがもう一点ですね。このままでは大した成果を残せずに終わるのではないか、と危機感を持ちました。
以上のような経験から、自分も少しでも早く世界のトップ研究者たちに追いつきたいという強い思いがあり、この活動を始めました。またちょうどそのころ、東京電機大学と研究連携をさせて頂けるという機会があったので、自分の周囲の研究水準を少しでも向上させたいと思い、2015年5月にcvpaper.challengeを始めました。
今では、研究コミュニティとして取り組むことで自分の周囲だけに止まらず、国内の研究水準があげられないかと思って、cvpaper.challengeをここまで続けているという次第です。
ーなるほど、cvpaper.challengeを始めようと思ったきっかけとしては、片岡さん自身が海外で経験してきた影響が大きいんですね。日本と海外とでは違いますか?
日本でも積極的に研究に取り組んでいる研究室は、海外の研究室と比較してもレベルは変わらないと思います。むしろ海外よりも積極的に論文を出していて、本数の面でも質の面でも勝っている研究室は数多くあると思います。
ただやはり底上げをするべきだと思います。教育がメインになっていて、純粋に研究に打ち込みづらい、時間をそこまで割けていないという大学も結構多いというのが実情だと思います。cvpaper.challengeでは、日本のコンピュータビジョンを強くすると言っておりますので、いわゆる旧帝大とか早慶のみならず、他の大学の研究室でもTOP会議に論文を投稿して通せるようなレベルになれば、本当の意味で底上げができたのではないかということもあり、様々な大学と手を組んでるという状況です。
また本当は、cvpaper.challengeとして最初のチャレンジであるCVPR 2015 完全読破を 2015年5月から8月まで続けていたのですが、そのときは「それっきりで終わり」にしようと思っていました。でもいざTOP国際会議の論文を全部読んでみたら、自分の視野が広がる感覚があったんですよね。
それまで自分の研究分野だけという狭い範囲でサーベイしていたのがもったいないと思いました。またコンピュータビジョンとかパターン認識のような、CVPRがフォーカスする範囲だったらその年のトレンドについてはほぼ網羅できているということなので、その知見から研究テーマを定めると今のトレンドに合わせることもできますし、あえてトレンドを外して新しいトレンドを作ることもできると思ったので研究テーマもより広い視点から設定しようと思いました。
そうなるとサーベイも拡張して行っていこうと思いました。始めた当初は5人がメインにサーベイするような感じだったんですが、今では国際会議の網羅的サーベイに100人近くのサーベイメンバーが参加し、研究コミュニティとしてひと月で約1,000本の論文を読めるようになりました。
ー当時5人の頃ってどのようにやってらっしゃったんですか?
当時は国際会議の論文を全く読んだことがない学生がほとんどでした。論文を読んでいる修士課程の学生もいたのですが、中には学部4年生で研究室に入ったばかりという学生が多かったです。
当時CVPRに投稿されている論文が600本程度だったのですが、1年で600本なら自分1人で死ぬ気で頑張れば読みきれるだろうと思って、完全読破をSNSで宣言しました笑。
ー少し触れていただきましたが,最終的なcvpaper.challengeの目的、目標値はどういうところになるんですか?
cvpaper.challengeでは、”コンピュータビジョン分野の今を映し、トレンドを作り出す” ということを目標として掲げています。なので、その研究分野のトレンドを実際に作ることができればと思っています。(数が多ければ良いというわけではないですが)その1つの水準としては、TOP会議に年間で10本ぐらい論文が採択されるぐらいのレベルだと考えています。世界的にトレンドを毎年打ち出している大学や研究所の研究室はこのくらいの数を毎年通しています。
もちろん技術は論文を通して終わりということではないと思うので、コードを公開したり、ワークショップを開いたり、Webでデモンストレーションを行なったりと、その先の活動についても重視して取り組みたいと考えています。実際に、社会実装をしないのかと言われるのですが、そこは権利関係もあるので、企業や産総研、企業と大学間など当事者同士で契約を結ぶべきだと思います。なので、研究コミュニティとしては、論文を通して研究を広めていくというところまで行なって、その後は、個別に契約をして社会実装を進めていくような体系を取っています。
ーなるほど、cvpaper.challengeとしては、研究のトレンドを作り出すための、日本のコンピュータービジョン分野の基盤を底上げすると考えていらっしゃるのですね。
そうですね。今後は日本だけにとどまらず、世界中含めて分野全体を盛り上げられたらと考えています。まずは日本全体の研究水準の向上を目指したいですね。また産総研は、いろんな大学の学生をインターンやリサーチアシスタント(RA)として雇用し、組織化することができるという意味で良い環境だと感じております。
Q2. 論文をサーベイする目的は何なんでしょうか?
サーベイする目的としては次の3つがあると考えています。
- トレンドを把握するため
- 自身の立ち位置を確認するため
- トレンドを作るため
究極的には3つ目の「トレンドを作るため」と思っております。実際に研究コミュニティの中でもメタサーベイみたいな感じで取り組んでおりまして、”強い”研究機関とか、非常に研究成果を出していらっしゃる研究者の人たちってどういう体制でやっているのか、どういうところに気をつけて研究を行なっているかみたいなところまで学べると考えています。今まで論文をたくさん読んだからこそ得られるような、論文の行間にあるような知見を学ぶべきだと思っております。そういうことを学んで初めて次に自分がどうトレンドを作っていこうかというところが勉強できると思うので以上の3つが特に重要な目的だと思います。
ーなるほど、私自身もすごい研究者って問題設計するところが非常にうまいなと思うんですよね。そういう方達は、自分の立ち位置と世界の現状が明確になっているからこそできることなんでしょうね。
本当にその通りですよね。やっぱり机の上で論文を読んでいるだけではそのようものは得られないというのを、この活動を通して感じました。やはり研究を自分たちで行なって、手を動かして、実験することで、そこから得られるような洞察力だとか、実験の数値を見比べて湧いてくるセレンディピティ的な発見があると思います。なのでサーベイすることで知見を増やすこともそうですが、手を動かして、その数字を眺めてみるとか、その性能を明らかにするとか、比較するとか、そういうことが必要なんじゃないかなと思います。
ー手を動かすことも、インプットすることも大切だということが基盤にあるとしたときに、やっぱりアウトプットしないと意味ないなという感覚があります。アウトプットすることで論文を書くことにも繋がると思うんですよね。そうしたときに、cvpaper.challengeでは、論文のまとめもあって、書き方もしっかり教えてくれていて、アウトプットまで一貫してやっているところがすごいなと感じました。
そうですね。各工程にインプットとアウトプットがあって、それらのサイクルを回していくべきなのかなと思っています。論文サマリを書くということ自体もアウトプットですし、コードを見てそれを自分で書いてみて、実験結果を照らし合わせて行くみたいなところもインプットとアウトプットだと思います。研究とサーベイ、大きく分けて2つの工程がありますけど、それぞれを細分化した時にもやっぱりインプットとアウトプットがあると思うので、研究の各トピックを行う研究グループでも取り組んでもらっているのもこのサイクルだと思います。そのサイクルをしっかり回していくことが研究を改善していく仕組みなのかなと思いますね。
ーたしかに昔で言えば、ワトソンとかピカソもみんなそうですよね。出した成果よりもはるかに多くのアウトプットをしてますよね。アウトプットする場って大事ですね。
Q3.AI論文の投稿のスピードと量についてどう考えてらっしゃいますか?
たしかに投稿のスピードはすごい早いですよね。特にここ5年くらいの指数関数的な伸びがすごいなと思っていました。そういうこともあって、コミュニティの人数の伸びが反映されているように感じられました。やはり皆さん大量の論文を読みきれないっていう思いがあったと思うので、その思いを持っている方達が集まってくれていると思います。
あとは人間が読むだけでなく、paper summary generation という研究もcvpaper.challengeの中で行なっておりまして、AIが論文のサマリーをまとめるという試みもしています。これを用いれば、一晩もしくは丸1日で1,000本の論文を読ませることができます。ただやはり、人間がまとめた方がちゃんとしているので、まだまだ進化の余地がありますね。
ーそうですね。論文サマリー系のAIがいずれは欲しいですね。
今回はCVPRの論文を1000本程度読破していらっしゃいますが、データ化しようと考えていらっしゃるんですか?
今研究中なのですが、データを取得してコンピュータで解析することも取り組んでいますね。
ーそれができれば、キャッチアップのスピードが大きく変わりますね。
Q4. サーベイ力についてどう考えてらっしゃいますか.
やはりある程度、人間には必要だと思います。ただ機械ツールのサポートがあればそこまで必要ではなくて、作業を部分的にはそういったもので置き換えられると思います。なので機械やツールがピックアップしてくれた情報を取捨選択する能力が必要になってくると思います。
ーではそうなってくると、取捨選択するのにサーベイ力は必要だと思われますか?
なるほど、そこは重要な点だと思います。他人が作った論文サマリーから、母国語で取捨選択できるというのもあると思います。また、自分の興味関心や研究テーマに合わせて取捨選択する必要がありますね。
サーベイ力というかは、ここでは読解力のほうが必要だとおもいます。
ーたしかに結局は、AI論文に限らず、日常生活で手に入れる情報の取捨選択と同じことですよね。割と当たり前の能力が必要になってくるんですね。ではサーベイ力は単純な情報を取得する能力というよりは取得から正しく情報を得るところまでを指しているのかもしれませんね。
そうですね。読解力と言い換えれると言ったのはそこにあって、研究や開発をしているから対象が論文なのであって、日常生活における新聞記事やWebページと同じことだと思います。そういう情報を取捨選択する能力がサーベイ力であるとも言えますよね。
Q5. 語学力はやはり必要ですか?
もちろん語学力は、必要だと思いますね。最近はAIを使って長文を書くことができるようになっていますけども、それをそのまま使って本当に正しいかや、自分が言いたいことであるか精査したり、修正したりする能力が必要なのかなとは思います。自分で書ける能力っていうのも鍛えておく必要はあると思います。
自分の言葉で論文を書かないでいると、剽窃(他人の文章をそのまま用いてしまうこと)になってしまうと思うんですよね。AI が作った文章でも、同じシステムで作られたものって被りやすいと思うので注意が必要だと思います。実際にarXivだとコンピュータ分野だけでも、年間7千から1万本ぐらいは出ていると思うんですが、それぐらい数があったりすると剽窃になってしまう可能性もありますよね。
Q6. 語学力ってどうやって鍛えますか?
私の場合は、博士課程の時にアメリカに行けたのが経験として大きかったですね。その当時は英語をほぼ話せない状態でした。そのときに、研究室の教授を訪問したのですが、自分でも何言っているかわからないレベルでしたね。でも7、8ヶ月、現地にいたら少しはできるようになりました。周りに日本人がいなかったのが英語を習得するためには一番影響が大きかったと思います。周りを見渡すと中国やインド、イランの方や、もちろん英語がネイティブのアメリカ人もいたので、そのような人たちとコミュニケーションをとる中で、英語力を磨いていきました。また家に帰ってからも英語の勉強はしていました。
最後、日本に帰国する際は、友人に褒めてもらえるくらいになりました。あとは、私はスポーツが好きなんですけど、イラン人の友達と一緒に毎週バドミントンをするなどできる限り英語を話す機会を増やしていました笑。
Q7. 学生に今足りないものはなんだとお考えですか.
非常に難しい質問ですね。私の周りにいる学生さんは、非常にモチベーティブなので、むしろ私が教わることが多いという感じです。やっぱりその中で一番感じているのはモチベーションが高いということだと思います。研究ってそんな苦しんでやるもんじゃないんで、自分で研究の楽しさを見つけてもらったりとか、自分でモチベーションが高められるような能力がある人は、今仮にそんなに研究成果が出ていなかったとしても、今後自分で改善していけるんじゃないかなと思います。やっぱりモチベーションが高いというか、ずっと研究を楽しんでやり続けるような根気のある人って成長していけるような気はしますね。
ーたしかに、研究 = 苦しいってイメージ持ってる学生多いと思うんですよね。これは、アメリカのある教授が言ってたんですけど、"苦しいと思ったら苦しくなるから、楽観的に研究しろ"と言ってましたね。あと、自分たちはチームだから、君の研究テーマだけどチームでやろうよと言ってたりと、確かにモチベーションを気にすることは多かった気がします。
まさにその通りだと思います。
これはたまに聞くんですけども、TOP会議以外は国際会議じゃないみたいなことが言われてますよね笑。私は学会ごとに役割が違うのでそうとは言い切れないと思います。何より研究は苦しんでやるものではないので、発表する機会があれば、国際会議、国内会議関わらず、全力で発表して楽しむべきだと思います。
ーありますよね。TOP会議至上主義みたいな流れ笑。でもそういう捉え方がされてもしょうがないところもあると思っていて、やっぱりいいところに就職するためにはTOP会議に論文を通すことが”資格”になりつつあると思うんですよね。だから、どうしてもTOP会議に通したいという研究者が多いせいで、こういう捉え方がされているんだと思います。
そうですね。TOP会議に論文を通すことは、もちろん非常に喜ばしいことだと思いますけども、チャレンジしたところも評価するべきだなと思っております。なのでcvpaper.challengeの場合だと、目標としてTOP会議(Google Scholar Subcategory Top-20)に年間30本以上論文投稿することを掲げております。採択数を目標にしてないっていうのは、その経験値をコミュニティーに貯めていきたいということもあって投稿したことを評価しようとしています。もちろん全部の論文が採択されることを目指しているのですけど、やっぱりその投稿までのプロセスを一周した学生さんは、次さらに良いサイクルを回すことができると思うので、チャレンジすることを非常に評価しております。
Q8. どうすればトップ会議通せますか?
そうですね、これも非常に難しいですね。まずは、研究のクオリティーを上げることが大事だと思います。あとは投稿する。そしてRejectされても改善して投稿し続けるということが非常に大事です。
私も博士課程の時に、最初にTOP会議のCVPRに投稿したんですけども、その当時は書き方も知らなかったし、投稿した人が周りに全然いなかったので、Strong reject ×3の評価で返ってきました笑。
昔の自分を褒めたいところではあるのですが、その後3年間ほぼStrong reject ×3で返ってきたんですけど、それでも投稿し続けたというところは、今につながってるんじゃないかなと思います。
周囲にも知識がない状態でずっと頑張っていたので、もちろんTOP会議に通すだけじゃなくて、国内会議でも発表したりとかして自分の研究を広めていきたいと思っていました。最初の話に戻るのですけどTOP会議がより多くの人の目に触れる場ではあるものの、そこに採択されるだけがトレンドをつくる場ではないと思うので、TOP会議に投稿して落ちてしまった論文も、二番手、三番手ぐらいの国際会議に通して、自分のベースラインを作り、そのベースラインを上げて行くみたいな考え方もアリだと思いますね。最終的にTOP会議に通したりとか、それで終わらせずに、ワークショップを開いたりとか、プロジェクトページを作ってみんなに見てもらうとか、研究プロジェクトに応募してお金を取ってきて、チームとして研究に取り込むみたいなこともいいと思います。
ーなるほど、自分でアウトプットの場を作って、ベースラインを上げていくことが大事ということですよね。それにしても、rejectを3年間くらい続けるってやばいですね笑。ネガティブなコメントもらっただけでも落ち込むのに笑。
そうですよね。自分の中で転機になったのが、ミュンヘン工科大学に行った時だと思います。
そこで、自分の書いた論文をチームリーダーが添削してくれたんですけど、よく日本であるような、ここの文法違うからちょっと直した方がいいよというレベルじゃなくて、ストーリーから全部直してくれて、それをアカデミックライティングしてくれるんですよ。
ーすごいですね!チームリーダーは学生全員に添削をしてあげてたんですか?
そうですね。私が所属していた研究所では、教授の下にチームリーダーが10人ぐらいいて、それぞれのチームリーダーが5人ぐらいのPh.DとかPDを抱えているという感じでした。なので、5人前後の学生を手厚く指導していましたね。また、ドイツの面白いところは、企業と連携して博士課程の学生を共同で指導するという体制がありました。ミュンヘンであれば、本社があるBMWやシーメンスの研究者が一緒になって学生を指導するということを行なっていました。
ー日本でもその指導システムやってみたいですね!先行研究の論文を読んで勉強するだけでは、ストーリーの組み立て方を学ぶのは難しいなと私も感じていたので、そこまで手厚くやってくれるのは嬉しいですよね。
そうですね。そこで、論文の書き方を学ぶことができましたね。最近だとIntroductionの章を非常に重視して論文を書いています。この研究の意義みたいなところが伝わらないと、やっぱり論文は通らないと思うんですよね。私は問題設定って研究者が自分で持ち点を決められると思うんですね。つまり、研究をここまで完成させたということも、手法をどの程度改善したっていうのもその論文の中で自ら設定できます。ただし、レビュアーはそういうものを崩してくる、減点してくるっていうのがTOP会議の査読の仕組みなのかなと思いますね。だから研究者が自ら問題設定すると言ったにも関わらず、実験で実証されていなかったら減点されます。他にも、文法のミスやタイポの数が多いとクオリティが低い論文と見做されてしまい、合格点を下回って、rejectされてしまうという感じですね。
ーたしかにそう言われるとしっくりきますね。これまでにインタビューさせていただいた研究者のみなさんも、まずは、Introduction項を読むとおっしゃっていました。やはり全員共通して、そこに行き着くということなんですかね.
CVPR 2020には1,467本の論文が採択されていますけど、それぐらい本数があると、サブトピック内に同じような研究発表が2つ以上は存在します。そうなると手法もすごく似通ってくるので、違いを引き出すために、その前のIntroductionをいかにうまく作るかっていうのが大事になってくると思います。研究のPhilosophyが語れて初めて、改善した手法が意味をなしてくると思いますね。
ーこの考え方を感じ取れていない学生がまだ多いなと私も思いますね。この研究が何をしたのか(結果や手法)に目が、いってしまうんじゃないかなと思います。そこが問題設定を苦手にさせている要因になっているんでしょうね。
そうですね。そういうこともあって、私たちがメタサーベイに取り組んでいることもあります。一本の論文を読んだだけではわからない知見を引き出して欲しいと思っています。
Q9. CVPR2020のトレンドはなんだと思いますか?
一番は,シングルビューからの3D再構成が目立っていたと思います。資料としてまとめているのでそちらを参照してください。
特に目立っていたトレンドを27ぺージ目にまとめているんですけれど、XAI/FATE研究、学習効率化、動画認識が特に流行っていたと思います。また物体検知で見てみても、今までにない、前提を見直そうという研究があったのですが非常に面白かったです。アンカーベース、アンカーフリーどっちがいいんだという議論ですね。もちろん大きなトレンドは大事なんですけど、これからのトレンドを作りそうなものに目を向けるのも大事だと思います。
ただやはり、ここでは書ききれないくらい注目すべきものはありますね笑。
Q10. cvpaper.challenge以外どんなものがあるんですか?
nlpaper.challengeとrobotpaper.challengeという研究コミュニティがあります。コンピュータビジョンとNLP(自然言語処理)、ロボティクスに限らず、その関連分野の研究者や技術者の方がいるという状況ですね。
ーこれ以降も増やしていこうとお考えですか?NLP,CV,ロボティクスはこの量で足りていると考えてらっしゃるんですか?
Q11. メインのお仕事はサーベイをされているんですか?
サーベイと研究で分けてまして、サーベイの方は、メタサーベイと網羅的サーベイですね。その他に勉強会なども開催しています。
ー研究発表はどういう頻度でやってらっしゃるんですか?
研究発表は網羅的サーベイやメタサーベイが終わった後にまとめとして行なってます。秋ぐらいに国際会議の投稿が増えてくるので、今の夏頃(インタビュー実施時)は研究の進捗報告をしてもらってます。
ー私も初めて参加させていただいたとき、討論が素晴らしいと感じました。どんだけ間違った指摘をされたとしても、間違った理解をされるような発表をしてしまったんだという指標になるなと思いましたし、他大学の人の発表も見れるので非常にいいですよね。
そうですね。発表の場が増えてくれば、研究コミュニティのレベルがかなり上がってくると思います。
Q12. 日本のAI業界についてどう思われますか?
たしかに全体のレベルとして日本は強くないとは思いますね。ただ世界で強いと言われているのはアメリカや中国の巨大IT企業だと思っています。実際にアメリカの研究者に聞いてみると、トップスクールレベルでも巨大IT企業は群を抜いているといっていましたね。なので実は世界を束ねているのはアメリカや中国のトップ企業で、AI論文のトレンドを作って押さえられちゃっているのが現状だと思います。
また、トップスクールのPh.Dも結局そういう巨大企業に入って行くので、強者が強者を吸収してもっと大きくなるということだと思います。なので、アメリカや中国が強いんじゃなくて、アメリカや中国の一部の巨大IT企業が強いということだと思います。
ーなるほど、驚きですね。アメリカの学生がそう感じるってことは、実際に企業が強い力を持っているんですね。そうなると国ベースよりかは、所属ベースの比べ方のほうが実際を反映しているかも知れませんね。
そうですね。合ってるかもしれないですね。中国の場合は、大学だと清華大学をはじめとして強いですよね。中国の大学では、ノルマが厳しいと聞いたことがあります。具体的には、Ph.D一人当たり、1本CVPRに論文を投稿する、などが課されているみたいです。研究室を束ねる先生も同じようにノルマを抱えているらしく、成果次第で予算の状況が変わってしまい、研究の体制にも大きく影響があるらしいです。
Q13. どうしてそのような巨大IT企業が強いと思われますか?
Philosophyがあるからだと思いますね。
例えば、Google だと世の中の全ての情報をまとめて、バーチャル空間の中に収めたいみたいなモチベーションがあったりとかして、Google のストリートビューとか Google Earth みたいなサービスに影響を与えていますよね。またその背景に豊富な資金力というのもあると思います。
あと中国で言うと、一点特化型のセンスタイムだと思いますね。特にCVPRをはじめとしたコンピュータビジョン系の国際会議では非常に強いですね。例えば、人を切り口にした解析が、センスタイムは非常に強いと思います。顔認識や人物再同定、人物検出、ファッション解析など非常に強いです。中には、アノテーターが何人もいたりするみたいです。センスタイムは背景として、香港中文大学の1研究室の先生が共同創始者になってセンスタイムを押し上げたという経緯があります。その香港中文大学のマルチメディアラボを育てつつ、そのセンスタイムを両輪で大きくしていくという感じでして、OBがこのセンスタイムの研究者になって、またその研究員の方が大学からインターンを受け入れる。またそのインターンになった人がセンスタイムの研究員になって行くみたいなサイクルを回していて、総合的によくなっていくみたいな仕組みをとっているのが強い要因なのかなと思いますね。
また分野を特化させるっていうのも非常にうまく働いていて、センスタイムは人の解析だったら世界で一番を目指すことを掲げています。ImageNetデータセットを用いたコンペであるILSVRCでも、物体検出の部門で世界1位を取っています。また各種コンペで世界1位を総なめにして、名前を売って行く、それをサービスに生かしていく、論文もたくさん出していく、みたいな好循環が得られていると思います。
少なからずPhilosophyと資金力、そして人材育成というところにフォーカスしているからこそやっぱり巨大企業は強くなってるという状況があると思います。
ーやはり人材育成は非常に重要ですよね。清華大学の研究員の方とお話する機会があったのですが、その方も非常に人材育成に力を入れてらっしゃいました。一点を強化するために循環をつくる、循環を作るために一点を強くする、すごい矛盾していることを言ってるけど、そうやって育成していくんだとおっしゃっていて、本当にその通りだなと思いましたね。
そうですね、本当にその通りだと思います。理研のAIPや産総研のAIセンターは国の政策から資金が生じて、そこから有名な研究者を採用して、グループリーダーやチームリーダーを雇っていくと思うんです。私たちの取り組みはモチベーションや志を高くした仲間が集まって、コンピュータビジョンという共通の分野で、一緒に戦っている、切磋琢磨して成長しているという状況なんですね。(理研AIPや産総研AIセンターなど)トップダウンに対して、私たちのボトムアップってまた別の取り組みだと思うんですね。始めた当時は学部生がメインで全然論文は出ていなかったんですけど、今では修士課程、博士課程に行く人がかなり増えてきて採択論文数も少しずつ増えてきました。今後そういう人たちが、アカデミックに残ったり、インダストリに入ったときに、研究者として活動していく意味ってすごく大きくて、コミュニティが広がるってそういうことだと思うんですね。
その人たちがさらに下の人を育ててくれます。たとえ卒業後に企業に入ってしまって、研究は一緒にできないとしても、情報をくれたりだとか、なにかしらアシストしてくれたりとかってあると思います。
(cvpaper.challengeのアドバイザとして)すでにご活躍されている先生を入れればいいのにとよく言われるんですけど、私としては、身の丈にあって成長していったほうが、絶対に後々強力な研究コミュニティになると思っているので、自分たちで試行錯誤しながら成長していければと思います。
ーたしかにそうですね。うまく人材を循環させて行くことが重要ですよね。
研究コミュニティを広げる意味でもどんどん参加してほしいと思っているので、できる限りの情報を開示しています。研究者が成長し続けて次の世代を育てていく、研究コミュニティも大きくなっていくサイクルができてはじめて日本を強くしたと言えると思っています。
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