AI×職人技で生まれた「恋の味」がするパン
3つの要点
✔️ AIを活用した食品開発の新しいアプローチとして、恋愛番組の会話データと歌詞データから感情ベクトルを抽出し、感情と食材の類似度に基づいて「恋愛パン」を開発します。
✔️ 試食評価の結果、AIが導き出した味と人の感性には一定の類似性があり、特に「嫉妬」の味は的中率65.6%と高い精度でした。参加者からは味だけでなくコンセプトも含めて新しい体験価値を提案できる可能性が示唆されました。
✔️ 本研究の知見を活かし、より多様なAI技術を組み合わせることで、見た目やパッケージデザインなども含めた総合的な商品開発への展開が期待されます。
Food Development through Co-creation with AI: bread with a "taste of love"
written by Takuya Sera, Izumi Kuwata, Yuki Taya, Noritaka Shimura, Yosuke Motohashi
(Submitted on 19 Apr 2024)
Comments: Accepted to GenAICHI: CHI 2024 Workshop on Generative AI and HCI
Subjects: Artificial Intelligence (cs.AI); Human-Computer Interaction (cs.HC)
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はじめに
恋する気持ちは、甘酸っぱかったり、苦かったり、時に複雑な味わいを持っています。もしもその恋心を、味覚で表現できたら…。 そんな一風変わったアイデアを、最先端のAI技術を使って実現したのが、NECと老舗パンメーカー・木村屋總本店による共同プロジェクトです。
恋愛リアリティ番組の会話データと、恋を歌った歌詞から、「初めての出会い」「デート」「嫉妬」「失恋」「両想い」など様々な恋愛シーンを表す感情ベクトルをAIが抽出します。一方、別のAIが約35,000曲の歌詞データから183種類のフルーツやお菓子の名前が表す感情ベクトルを分析しました。
この2つの感情ベクトルの類似度が高い食材を、AIがパン職人に推奨し、職人がそれを基に味や見た目を工夫し、5種類の「恋愛パン」を開発したのです。果たしてAIが導き出した味は、本当に人の恋する感情を表現できているのでしょうか? 感情と味覚の関係性に、AIを使って挑むユニークな取り組みの裏側を探ります。
関連研究
食品業界では近年、味や栄養価値だけでなく、消費者の体験や感情に訴求する商品開発が重要になっています。例えば、人気映画やテレビ番組とコラボレーションした商品は、作品への愛着を味わいに重ねることで、売上アップに貢献してきました。しかし従来、新商品の開発は職人の勘と経験に頼るところが大きく、新たな体験価値の創造には限界がありました。
そこで近年、AIを活用した食品開発の取り組みが世界中で進んでいます。IBMの"Chef Watson"は、5万種類以上の食材から数千もの組み合わせをAIで分析し、ユーザーの好みに合わせたオリジナルのグラノーラを開発しました。新しい味の探求を促進するとともに、嗜好データを新商品開発に活かしています。また国内では、新聞記事のデータから時代の空気感をAIで味に変換する、独自の食品開発手法の研究も行われてきました。
提案手法
本研究では、以下の3つのプロセスを経て、AIを活用した「恋愛パン」の開発を行いました。
会話分析
恋愛リアリティ番組の出演者の会話データ15時間分をAIが解析し、「初めての出会い」「デート」「嫉妬」「失恋」「両想い」の5つのシーンに分類します。各シーンの会話文に、32種類の感情タグを付与し、シーンごとに32次元の感情ベクトルを算出しました。
歌詞分析
約100万曲の歌詞データベースから、フルーツやお菓子など183種類の食材が含まれる約35,000曲を抽出します。プロセス1と同様に、各歌詞に感情タグを付与し、食材ごとに32次元の感情ベクトルを算出しました。
食材のレコメンド
恋愛シーンの感情ベクトルと、食材の感情ベクトルのコサイン類似度を算出。各シーンの感情分布と近い上位50種類の食材を、恋愛感情を表現するのにふさわしい食材としてパン職人にレコメンドしました。パン職人は、AIがレコメンドした50種類の食材の中から、相性の良い組み合わせを選択し、「恋愛パン」5種類を開発しました。例えば「初めての出会い」は、生地に綿あめ、マーブルにりんご、トッピングにブルーのクランチを使用しています。
さらに本研究では、各シーンと使用食材を基に、商品の説明文の生成もAIで行いました。NECが開発した大規模言語モデル"NEC cotomi"を用いて説明文を自動生成し、手動で微修正を加えることで、パッケージや特設サイトに使用する文章を作成しました。
以上のように、自然言語処理や機械学習など様々なAI技術を複合的に活用することで、恋愛感情を味覚で表現する斬新な商品開発を実現しました。
実験
本研究では、開発した「恋愛パン」の評価を、一般参加者31名による試食評価と、開発者へのインタビューという2つの方法で行いました。試食評価では、参加者に5種類のパンを味わってもらい、それぞれどの恋愛シーンを表現しているか当ててもらいました。
結果は表1の混同行列に示す通り、全体の正答率は43.8%でした。これはランダムに選んだ場合の期待値である20%を大きく上回っており、AIが導き出した味と人の感性には一定の類似性があることが分かります。特に「嫉妬」の味は的中率65.6%と高く、特定の感情を具体的な味わいで的確に表現できる可能性が示唆されました。一方、「両想い」の味は的中率が26.7%と低く、「デート」の味と混同されやすい結果となりました。類似した感情を味覚で区別して表現するのは難しい面もあるようです。
参加者からは「カップルや家族で色々な味を買って、シェアしながら楽しめそう」「パン自体もとてもおいしかった。同じ味と名前を他の食べ物や飲み物に展開するのも面白いと思った」など、味だけでなくコンセプトも含めて、消費者に新しい体験価値を提案できる可能性が示唆されました。
開発者へのインタビューでは、AIがレコメンドした食材リストを基に、味や色合いの組み合わせを考えたことが分かりました。特に「嫉妬」の味では、感情を表現するために色の調整に苦心したといいます。また、「AIを活用することで、これまで試したことのない食材や組み合わせにチャレンジでき、パン作りの新しい可能性を発見できた」と、AIとの協働が創造性を刺激したことが伺えました。
以上の評価結果から、本研究で提案したAIを活用した食品開発手法は、人の感性に訴求する新たな味覚体験の創出に寄与できる可能性が示されました。さらに、味や食材のレコメンドだけでなく、画像生成AIなどより多様なAI技術を組み合わせることで、見た目やパッケージデザインなども含めた、総合的な商品開発への展開が期待されます。また、職人がプロトタイプを作成した後、AIにフィードバックを入力し、更に最適化された食材やデザインを提案してもらうなど、双方向のコミュニケーションを通じて、より消費者ニーズに合った商品開発が可能になるでしょう。
結論
本研究では、AIを活用した食品開発の新しいアプローチを提案し、その有効性を確認しました。AIが提案する食材は人の感性と高い類似性を持ち、消費者が求める新しい味覚体験の創出に寄与できることが示されました。
今後は、味覚だけでなく、見た目やパッケージデザインなど、より多様な側面にAI技術を活用することで、食品開発の可能性がさらに広がると期待されます。また、職人とAIが双方向にコミュニケーションを取ることで、より消費者ニーズに合った商品開発が可能になるでしょう。AIと人間の協働は、食品業界のイノベーションを加速し、消費者に新しい価値を提供する上で重要な役割を果たすと考えられます。
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