LSTMを用いて心不全の発症を一年以上前に予測することが可能に
開発系クラウドサービス大手のAmazon Web Service社とEHR(電子医療記録)を開発するCerner社が共同で大規模なコホート研究を行い、機械学習を用いてうっ血性心不全の発症を15ヶ月も前に予測することに成功しました。従来のロジスティック回帰、ランダムフォレスト、多層などのディープラーニングベースのモデルと比較して、RNNの一種であるLSTMベースのモデルが一番正確に予測できたとのこと。
論文:EFFECTIVENESS OF LSTMS INPREDICTINGCONGESTIVE HEART FAILURE ONSET
そもそもうっ血性心不全ってなに?
うっ血性心不全とは、心臓が機能障害を起こし血液が適切に循環しなくなってしまう病で、米国では、毎年約100万もの症例が報告されています。
実はこれによって米国では300億円以上の経済的損失が生まれています。
全米心臓病学会では、うっ血性心不全は突発的に発症するものではなく、徐々に発症に近づく進行性の病だと結論づけており、糖尿病や高血圧、メタボリックシンドロームなどの生活習慣病を抱えている場合、うっ血性心不全ステージAとしてうっ血性心不全が進行していると定義しています。
また、左心室肥大や左心室の排血量が少なくなっているという形質的異常がある際には、よりうっ血性心不全のリスクが高まっているとしてうっ血性心不全ステージBとして定義しています。
これらのステージを見分けるためには高価な心エコーなどの検査が必要であり、多くの人のステージA,Bを見分けることは現実的には困難です。
現在ステージBなどのよりリスクの大きい患者から一人一人に積極的な治療を行うことが出来ればうっ血性心不全の発症率やこれによる死亡率を下げることができます。
しかし、前述のような理由から現在ではグループとしてしか対応せざるを得ず、うっ血性心不全を取り巻く状況は改善していません。
LSTMを用いてEHRを最大限に生かす
過去にも機械学習を用いて、うっ血性心不全のリスクを明らかにしようとした試みはあったようです。
しかしながら、長期間にわたる記録(EHR)の強みを最大に活かせるアルゴリズムではありませんでした。
そこで、今回はEHRのような長期間にわたる記録を最大限に活用できるRNN(Recurrent Neaural Network)というアルゴリズムの一種であるLSTM(Long Short Term Memory)を用いて、うっ血性心不全のステージを把握できるようにしたとのことです。
従来の機械学習方式では、xを入力してyを出力する処理一回きりでのちに結果を反映して次の処理の結果が変わるということがありませんでした。
どういうことか?つまり、文脈が読めなかったのです。例えば、「フランスに行ってきたんだ」と発話した後に「首都がすごい綺麗だったんだよ」と発話すれば人間は『首都=パリ』だと理解できます。しかし、従来型の機械学習方式では一回一回の発話で処理が終了してしまうので、文脈を理解できず、首都と聞いてもなんのことか判別がつきません。
RNNでは、x→yの処理の中間にあるアルゴリズムをループさせることによって文脈を理解できるようにする機械学習の方式で、この方法はかなり昔から提言されており、概念としては非常に優れたものとして注目されていました。
しかし、RNNは当時、機械の処理が追いつかなかったりエラーが出てしまうとのことで実用段階には程遠いものとして認識されていました。
このRNNを実用段階に落としてくれたアルゴリズムがLSTMです。LSTMでは、従来ただループさせてただけのRNNのループ方式にCELLという概念を持ち込むことでRNNの中間層ループを実現しました。
この方式を用いたことで、継時的なデータを扱う大規模なコホート研究(ある一定の集団の動向を長期間追う形での研究)において12ヶ月の観察をもとに15ヶ月先のうっ血性心不全を予測できるようになったというのがこの論文の新規性です。
未来での応用見込み
この研究は、うっ血性心不全だけでなく様々な疾患にこのシステムが転用可能なことも指し示しています。例えば、脳卒中や腎不全などにも転用ができるでしょう。
さらに言えば、この研究は直接的に健康を守る事だけでなくEHRの重要性も指し示しています。
このような機械学習のメリットを最大限享受するには、EHRの整ったデータセットが必要不可欠なのですが、今後、EHRなどの大量のデータが整然と整理された状態で入手できれば、より機械学習やディープラーニングと言われる分野の技術の発展が期待できます。
これからの社会では、AIの開発と共にデータベースを整理して作れる社会システムの準備も重要になるのではないでしょうか。
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